子供の頃の憧れ

大抵の場合、子供というものは大人の世界に憧れを抱くもので、子供の頃の僕もその例外ではなく、いろんなものに憧れていた気がします。

子供の頃の僕は、正直あまりいい家庭環境ではなくて、ぶっちゃけ母子家庭な上に、母は水商売で遠方に出稼ぎに行っていてたまにしか帰って来ず、その間、母方の祖母に預けられていたのですが……。
その祖母も、性格的に今でいうDQNというか、いろいろと常軌を逸している人で、中学3年生になって祖母の家を出るまで、ほぼ毎晩のように祖母からの罵詈雑言と腕力による虐待を受け続けた暗い少年時代でありました。

それに関しては書いていくと延々と恨みつらみだけが続くエントリーになってしまうので割愛しますが(笑)、まあ要は子供の頃の僕にとって、自分を取り巻く世界というのは(楽しいことも全くなかったとは言わないけれど)あまり幸せなものではなかった。

だからこそ、今の自分がいる世界の外に垣間見える、大人の世界(だと当時は思っていた)に属しているものに、より強く憧れたのかもしれません。

当時の僕が憧れていたものを、思い出してみると……。
たとえば……。

天神地下街

当時住んでいた福岡の繁華街・天神にある地下街の、薄暗い照明に照らされたオシャレな風景。

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夏に、海水浴場のある志賀島へ向かう途中に通る、海の中道(県道59号線)を車で走る時に道の両側に見える、夏の光にきらめく海と砂浜

中洲

福岡の繁華街といえば中洲ですが、夜の中洲は僕が子供だった当時でも街灯りがとても賑やかで綺麗で、子供心に異世界に来たような気分になったものです。

シーサイドももち花火

そういえば1989年には、やはり福岡の「シーサイドももち」という場所を会場に、アジア太平洋博覧会(よかトピア)が開催されて、僕も見に行ったのですが(NECのパビリオンに当時出たばかりのPCエンジンが展示されていたりした)、その夜に会場の空に打ち上げられた花火の美しさも忘れられません。
(上の画像は当時のものではないですが、後年シーサイドももちで行われた花火大会の模様)

風景だけではなく、音楽にも憧れましたね。

少年時代の一番の憧れは、世代バレバレですがやはり安全地帯
僕が最初に聴いたアルバムは2作目の『安全地帯II』なんですが、最初は「ふ~ん」と思いながら聴いていたのが、繰り返し聴いてるうちに、すっかり夢中になっていました。

玉置浩二のボーカルの上手さももちろんなんですが、当時小学生の僕には意味がわからないくらいに大人な(笑)歌詞演奏するメンバーの楽器の音色にまで艶があって、すっかりおっさんになった今でも無性に聞きたくなります。
後にも先にも、アルバムを全部コンプリートで揃えたのは安全地帯だけですね。

洋楽でいえば、やっぱりマイケル・ジャクソン

マイケルといえば『スリラー』、僕も大好きですが、少年時代に憧れたのは『Beat it』のPV後半の、争い合うギャングたちと一緒に踊るシーン
たくさんの人がシンクロして激しく踊るカッコ良さというのを、たぶんこれで初めて観て、子供心に衝撃を受けた記憶があります。ギャングには憧れたりしないけど(笑)

そして考えたらマイケルも玉置浩二も、後年スキャンダラスなニュースであれこれ騒がれる人になってしまうのもなんというか(笑)
でもこの1980年代の彼らは本当に格好良かったんですよ。(今ももちろん好きだけど)

で………………

子供のころはこういったものに憧れながら、早く大人になりたい、と常々思ったものでした。

大人になって、早く祖母の家から出たかった。
毎晩のように酒に酔った祖母からぶつけられる「お前なんか生まれてこなきゃよかったのに」とか「ガキのくせに可愛げがない」なんていろんな罵詈雑言に耐えたり、大人の顔色を窺ったりせずとも自分の力で生きて、いつかはこういった憧れの風景の中に暮らしていける自分になりたかった。

ま、その夢(と呼ぶにはあまりにもささやかな希望ですが)は、おかげさまで叶いましたし、祖母とも実質縁を切ったも同然なので、もう子供の頃のそういったアレコレも今は笑い話ですが……。

今でも、子供の頃に抱えていたその時の憧れの気持ちを思い返すと、あれはすごくキラキラしていたというか、輝いていたなあ、と思うんですよね。
そしていざ大人になってしまうと、そういう子供の頃にはたくさんあったはずの「憧れ」を感じるものを、中々見つけづらくなってしまっていることにも気づきます。

いま、こうやって、物書きという、心の中にあるものを形にしていく仕事をしていると特に、そういった「素敵だなあ」と思える憧れの対象があるということは、大切なことだったんだなぁ、と思い知らされます。

思い返すだけで心が震えるような、素敵だと思える、憧れるものがある、というのは、「素敵なものを生み出す」ことが仕事のクリエイターにとっては、ものすごく大事なことなんじゃないかと。
自分にとって素敵なものが何なのか、それがなぜ素敵に思えたのか、を理解することは、誰かに素敵だと思ってもらえるものを作るためにどうすればいいのか、を知るための足掛かりにもなるからです。

そしていつかは、自分が作ったものも、誰かにとっての憧れのような、素敵なものになれたらいいなあ、と思うのです。
……まあ、中々難しいですけれどもねっ(´゚艸゚)∴

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